[本] 落語の聴き方 楽しみ方/松本 尚久

Posted by localpocky on 16.2011 書評/読書メモ   0 comments   0 trackback




落語の聴き方 楽しみ方 (ちくまプリマー新書)

松本 尚久
筑摩書房 2010-12-08
by ヨメレバ

2010年12月刊。
本屋さんで見かけてタイトルに惹かれて、読んでみました。図書館で。

タイトルから初心者向けの本かなと思いましたが、違いました。
落語の分析をしている本。自分には少し難しい内容でした。
ある程度、落語を聴き慣れている方のほうが、面白く読めると思います。

落語家が噺を語るときには「現在形」を使う、というのは面白い着目点ですね。
昔話や物語は過去形で語られるけれども、落語は現在形で語られる。それは、落語家はストーリーの語り手としていわゆる「神の視点」を持ちながら、なおかつ観客や登場人物と同じ位置に立って一緒にストーリーを進めていくためだとか。

これからは、落語を聴くときに、時制の使い分けに注目しながら聴いてみようと思います。

<引用メモ>

落語の語り手である落語家は、はなしの結末を知っています。
落語を聞き慣れた観客も、その先にはなしがどう展開するのかを知っています。
しかし、落語は「現在から過去を見る」という視点を持っていません。ですから、落語家ははなしの先を「知らない」という約束事を守りながらストーリーを進めなくてはなりません。それを出来る人が落語の巧者です。(p.74)


すぐれた落語家はこうした状況描写をするときに、過去形の表現をあまり使わず、現在形の言い回しでそれを伝えます。
なぜでしょうか。それは彼の語りが落語の規則に忠実だからです。落語の語り手は、はなしの中に流れる時間とともに歩んでいく必要があるので、なるべく現在形の言葉を使うのです(細かく言えば、現在形と過去形を細かく織り交ぜながら、状況を表現します)。(p.76)


落語家は徹底して現在的な位置に立ち、ゲームの規則として超越者の視点を持ってはいけないにもかかわらずーーそれを持つと、落語がとたんに過去的なものになってしまうからーーはなしを進めるためには超越者の視点を持たなくてはならないのです。
ここが落語家の綱渡りです。落語を語ると言うことは、この矛盾した語りをまっとうするということです。(p.104)


(2011/01/12 読了)


このブログの更新情報を、
RSSフィード RSSFacebookページ FacebookページGoogle+ページ Google+ページTwitter Twitter で流しています。
もし記事を気に入ってくださいましたら、ご覧いただけるとうれしいです!





同じカテゴリの関連記事

  • お名前
  • タイトル
  • メールアドレス
  • URL

  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://nishi248.blog60.fc2.com/tb.php/920-d91e1060

プロフィール

localpocky

Author:localpocky
電車好きを返上して、にわかに興味が出てきたのが野鳥。姿を見たり鳴き声を聞くと和みます。好きな鳥はハクセキレイ。カワセミを一度この目で見てみたいです。
読書は1週間に1冊のペース。図書館も愛用しています。
2007年にMacにスイッチ。iPhoneも活躍中。
ささやかな楽しみは、手挽きのミルで豆を挽いてコーヒーを入れること。自分で入れたコーヒーはおいしい!
ブログの紹介など → こちら

HSタグクラウド

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

検索フォーム

トラックフィード

track feed リンク元サイト